焼肉店でメニューを開きます。カルビ、ロース、ハラミ、タン、ミスジ、ザブトン、シマチョウ。名前がずらりと並び、たいていの人は、その中から「いつものやつ」を選びます。それで十分においしいし、悪いことでもありません。
ただ、ふと考えてみてください。これだけの種類が、すべて一頭の牛から取れています。同じ一頭の、別々の場所です。タンは口の中に、ハラミはお腹の奥に、ミスジは肩に、シマチョウは腸にあります。さっきまで別々のメニュー名でしかなかったものが、急に、一頭の牛の地図のように見えてこないでしょうか。
一頭の牛は、個性の集合です
牛肉のいちばんのおもしろさは、ここにあります。一頭の牛は、均一なかたまりではありません。よく動く場所、ほとんど動かない場所、脂をたくわえる場所、筋が走る場所。その違いが、そっくりそのまま味と食感の違いになります。
大きく分けると、肉はサシの入り方で表情が変わります。背中側のサーロインやリブロース、ヒレといった部位は、運動量が少ないぶんきめが細かく、やわらかく仕上がります。一方、モモや肩、すねといった、立つ・歩く・支えるためによく使う部位は、赤身がしっかりして、噛むほどに味が出ます。やわらかさを楽しむ肉と、噛みしめて味わう肉。これは優劣ではなく、役割の違いです。その牛が「生きてきた時間」が、味のかたちになって残っているのです。
希少部位とは「量が取れない」という事実です
さらに踏み込むと、希少部位の世界があります。ザブトンは肩ロースの一部、ミスジは肩甲骨の内側、トモサンカクやカイノミはモモやバラの一角、シャトーブリアンはヒレの中心にあります。これらは一頭からほんの少ししか取れません。希少と呼ばれるのは、ブランド戦略の言葉ではなく、文字どおり「量が取れない」という事実そのものです。
高級個室焼肉LAMPが、シャトーブリアン、ハネシタ、ミスジ、カイノミ、リブ芯といった部位を並べられるのは、A5和牛を一頭という単位で深く理解しているからです。たとえばミスジは、肩の限られた部分に、葉脈のような細い筋を一本通して広がっています。その筋を境にやわらかい肉が左右に分かれ、一頭からわずかしか取れません。だからこそ、その個性は際立ちます。

内臓という、もうひとつの世界
肉と並んで奥が深いのが、内臓──ホルモンの世界です。牛には胃が四つあります。ミノ、ハチノス、センマイ、ギアラ。同じ「胃」でありながら、コリコリ、もっちり、ざらり、と食感はまるで違います。腸を開いたシマチョウ、脂をまとったマルチョウ、心臓のハツ、肝臓のレバー。ひとつとして似た食感がありません。
かつて「もつ」は捨てられがちな部位でした。それが今、確かなごちそうとして扱われているのは、誰かが「この食感は生かせる」と気づき、生かす方法を磨いてきたからです。
一本のタンにも、グラデーションがあります
舌、つまりタンも興味深い部位です。一本の舌でさえ均一ではありません。喉に近い根元のタン元はサシが入って厚くやわらかく、先端のタン先は運動量が多いぶん硬めで筋っぽくなります。一本のタンの中にも、はっきりとした硬さのグラデーションがあるのです。
だからこそ、タンを「芯タン・極上タン」と分けて出す店もあれば、ギュータンベロンチョのように、その一点を2cm超の極厚で掘り下げる店もあります。同じ舌でも、どこを、どれだけの厚さで、どう火を入れるか。その選び方ひとつで、まったく違う一皿になります。

「捨てるところがない」の本当の意味
ここまで来ると、「捨てるところがない」という言葉の意味が、最初とは変わって聞こえてくるはずです。
それは「もったいないから残さず使う」という、節約の話ではありません。やわらかい部位はやわらかさを生かし、硬い部位は仕込みと火入れで生かします。サシの多い部位はさっと炙り、赤身は厚みを残して噛ませます。生かし方さえ知っていれば、どの部位も、その部位にしかなれない主役になれます。捨てるところがないのは、牛がそうなのではなく、生かす側に知識と技術があるからです。
この「生かす技術」を、いちばんわかりやすく担っているのが、一頭から肉を切り分ける人たちです。どこに筋が走り、どこで部位が変わり、どう包丁を入れれば最良の状態で取り出せるか。それを見極める目は、一日では育ちません。何頭、何百頭と向き合い、ようやく「牛が見える」ようになります。そして、適切な時間をかけて寝かせる熟成によって、肉のうまみはまた違う表情を見せます。一頭をどう読み、どう切り、どう寝かせるか。その積み重ねが、皿の上のおいしさを静かに決めているのです。
三つのブランドが、別々のかたちで牛に向き合う
エルファーストが三つのブランドを持つことは、この「生かし方」と深くつながっています。
高級個室焼肉LAMPは、A5和牛のさまざまな部位を、落ち着いた個室でじっくり味わってもらいます。ギュータンベロンチョは、タンという一点を、とことん深く掘り下げます。ニクノトモシビは、A5国産和牛100%のパティを炭火で焼き上げ、ハンバーグという親しみやすい一皿として牛のうまみを届けます。焼肉、牛タン、ハンバーグ。出しているかたちは、まるで違います。けれど三つに共通しているのは、牛という素材を深く理解し、その良さを最後まで引き出そうとする姿勢です。

部位がこれほど違うということは、裏を返せば、焼肉は何度行っても食べ尽くせない、ということでもあります。今日はサシの華やかなロイン系を、次はよく動いた赤身を、その次は希少部位を。食べ比べてはじめて、「自分はこういう肉が好きなのだ」という輪郭が見えてきます。一頭の牛の多様さは、そのまま、味わう側の発見の多さになります。
焼肉店のスタッフは、この地図を頭に入れています。「今日はさっぱりした肉を」「歯ごたえのあるものを」という一言から、ぴたりと最適な部位へ案内できます。部位を知るとは、お客様の漠然とした「食べたい」を、具体的な一皿に翻訳できるということです。それは飲食の現場で働く人にとって、目には見えにくい、確かな専門性の一つになります。
命への敬意として
最後に、忘れてはいけない視点があります。
どの部位も、もとをたどれば一頭の命です。そして、その一頭が食卓に届くまでには、長い時間をかけて牛を育てた生産者の手と、誇りがあります。エルファーストは、黒毛和牛をはじめとするすべての食材を「生産者の誇りと、命の積み重ね」として受け止める姿勢を掲げています。捨てるところがない、という言葉には、本当はこの意味がいちばん大きいのです。一頭をていねいに、余さず、いちばん良い形でお客様へ届ける。それは技術であると同時に、命に対する敬意の表し方です。
次に焼肉店でメニューを開いたとき、名前の並びが少し違って見えるかもしれません。カルビもタンもミスジも、ただの商品名ではなく、一頭の牛が持っていた個性の名前です。その一頭を思い浮かべながら部位を選べたなら、いつもの一皿は、きっともう少しおもしろくなります。